12月に入り、年賀欠礼のハガキがチラホラ届くようになりました。
ほとんどのハガキは、差出人が自分の知る名前のもの。 友人たちの親族のものだから、差出人は友人たちなんですよね。。 その中に、一枚、友人の奥様が差出人のものがありました。 夫・○○は去る10月6日、帰宅途中交通事故により・・・ 友人Iくんの訃報を伝えるものでした。 この文面が、奥様の無念をものすごく訴えていて・・・ ものすごく強いものを感じました。。。涙 Iくんとは、高校を卒業後、 名古屋の予備校の寮で出会いました。 程なく仲良くなり、彼を含む4~5人で常に行動をともにしながらの一年でした。 勉強も遊びもとことんやって~~ 仲間の多くが、東海~関西の大学へ進む中、 彼は新潟大学、自分は富山医薬大と近かったこともあり、 夏休みに彼が自分の下宿に泊まりにきたり。 卒業後は、そろって関西の会社に就職したこともあって、 折に触れ、お酒を飲むこともしばしばありました。 今から20年前の、1991年の夏。 兵庫県三田市の彼の部屋に泊めてもらったときの思い出なんですが。。。 おい、○○・・・ 今な、社内連絡には、「Eメール」ってのがあるんだぜ! 電話しなくても、手紙じゃなくても、 連絡したい相手だけに届けることが出来るものでさ~~~ 携帯電話が普及し始めたのが、2000年になってから、 パソコンだって、最初のОS・Windows95が出たのが、1995年でしょ。 1991年なんて、まだポケベルも普及してなかったし、 そんなときに、Eメールの説明をどれだけされても、ピン!と来ませんでした。 きょとんとしながら、話を聞いている自分を見て、 大笑いしていた、Iくんの表情が強く頭に残っています^^ 自分は大阪の会社を辞めて、金沢に戻り、 1994年11月から、今の病院で勤務。。 その二ヵ月後に、阪神大震災が起こったときは、 彼から「水と生活物資を」とのSOSを受けて、届けたり。 この年の秋、自分が脳腫瘍の手術を受けた時には、 わざわざ見舞いに来てくれたり。 彼が結婚して、奥さんのお腹が大きくなり始めたころ、 二人でうちへ遊びに来てくれて・・・ (このとき、本当は一晩泊まりたかったのではないか、と そう感じながら引き止めなかったことが、今でも引っかかってます・・・) 二ヶ月前に彼が居なくなっていた事実を今まで知らなかった・・・のが ちょっと寂しかったです。 自分の仕事柄、人の最期を見送ることはあるのですが、 病院で亡くなるかた(家族も含めて)は、ある程度の覚悟は出来るのに・・・、 彼の場合はは突然で・・・最後に何も出来なかったのは さぞや無念だったろうな。。。 奥様には、年が明けてから、手紙を書こうと思ってます。 何か、全然気持ちがまとまらない中で、書いちゃってるのですが・・・ 生きている自分は、今をしっかり生きていこうと。 Iくん。君と出会えて本当によかったょ。ありがとう。 今は、ありがとう、だけを伝えます。 by ken12_pennsyl | 2011-12-05 22:42 | 日記
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